―― まゆの親心 ――

 学校帰りの途中にあるペットショップで掘り出し物を買った。一匹二十円というハツカネズミだ。店の人の話では生後二週間がたっているとかで、もう親ネズミのおっぱいは必要ないんだそうだ。お菓子の欠片やご飯など食物であればなんでも食べてすくすく大きくなり、一ヶ月もすれば親ネズミと見分けがつかないほどになるという。
 店員は穴のあいたビニール袋に入れてくれたが肌がぴったりくっついて窮屈そうに見えたので、まゆはハンカチにつがいの二匹がつぶれることのないよう包んでポケットに入れ、そろりそろり歩いた。
 両親には犬も猫も飼うことは禁止されているが、ママはカナリヤを飼っている。小さな白ネズミなら怒ることはないだろうとの目算があった。
「ただいま。これ見て。ママがカナリヤを買った店で安く売ってたの」
 一瞬ママは眉をひそめたが、
「へえ、かわいいわねえ」
 と期待どおり、ハツカネズミを手にとって目を細めた。
「餌はなんでも食べるってよ。少しぐらい餌をやるのを忘れても死ぬことはないから、飼うには全然手がかからないとも言ってた」
「でも、なにに入れて飼うの?」
「鳥かごで充分だって。ピーコの古いかごがあったでしょう」
「そうね。でもね、ネズミはうろうろさせたりすると病原菌を運んだりしてきて人に変な病気を移してしまうことがあるのよ」
「だいじょうぶ、絶対そんなことさせないから。それに普通のネズミと違って動きはずっと鈍いって、お店の人が言ってたもん」
 ママは試しに床に置いてみた。するとまゆの言うとおり、二匹で絡み合うように同じところをうろうろするだけで、どこかへいってしまうような雰囲気はなかった。
「まだ赤ちゃんのせいもあると思うんだけど、逃げる心配はなさそうね。まゆが責任をもって飼える?」
「うん、ちゃんと世話するわ」
 その夜遅く帰ってきたパパも特に反対はしなかったとかで、次の日からまゆのかいがいしいハツカネズミの世話は始まった。とはいっても学校にいく前にパン切れやビスケットを細かくほぐし、野菜の欠片を小さなプラスチック製の器に放りこんでいくだけなのだが。
 二ヶ月もすると完全に親ネズミに変身していた。たまに床に出して遊ばせていたが、動きも徐々に部屋の隅から隅まで動くようになっていた。普通のネズミならどこか一直線に走っていき消えてしまうところだが、ハツカネズミの場合は円運動をするというか、必ずもとにもどってくるところが手のかからないところだった。
 だがある日、ガラス戸を開けておいたらその縁から下に降りようという仕草を見せた。
「チューコ、外に出ちゃだめよ」
 というまゆのかけ声にいったん振り返り、まるでまゆに何かを訴えかけるかのようにじっとまゆの目を見つめてくる。
「お外を散歩してきたいの。ママに見つかったら怒られるから、それじゃ一時間だけよ。ママが帰ってくるまでには必ずもどってくるのよ」
 それがわかったのかどうか、まゆの言葉を聞くとまた身をひるがえして縁側から下に飛び跳ねていき、垣根周辺の草むらの中に姿を消した。雄のチュータロウはといえば、まゆの足下でごろごろしているだけだった。
 ところが一時間、二時間と経過してもチューコはもどってこない。そろそろママが帰ってくるしで気が気ではなく、まゆは庭に降り立つと垣根の周囲から裏庭の草むらまで「チューコ、チューコ」と呼びまくって探してはみたが、一向に姿は見えなかった。
 怒られることもチューコのことも諦めかけてソファに寝そべっていると、突然庭先でチューチューと声がする。飛んで出てみると、チューコとひと回り大きいドブネズミがいっしょに木の根本からこちらのようすを伺っている。
「こっちにきなさい。どこにいってたのよ」
 チューコは一目散に駆け寄ってきた。ドブネズミはチューコがまゆの手に収まるのを見届けるといずこともなく立ち去っていった。
「ただいまー」
 間一髪とはまさにこのことだった。
「お帰りなさい」
 と何気ない顔をしてすますと、まゆは二階の自分の部屋にハツカネズミの鳥かごといっしょに階段を上がっていった。
 それから一週間、二週間と経過していくうち、気のせいかチューコの体がひと回りもふた回りも大きくなっていった。
「餌のやり過ぎなのかなあ」
 まゆが不思議がれば、
「ふふ、ひょっとしたら赤ちゃんができたのかもね」
 とママが笑顔で言った。だがその後には、
「赤ちゃんが生まれたら余所の人にあげるわよ。何匹も飼えっこないからね」
 と、きつい調子で言ってくるのだった。うれしいやら、ちょっぴり淋しいやらだったが、それはしょうがないことだった。

ネズミ

 さらに一週間がたった日、学校からもどってくると鳥かごの中でいつもとは聞き慣れない鳴き声が聞こえてくる。
「わあ、産まれたんだわ」
 急いで鳥かごを覗くなり、まゆは喜びよりも驚きで目を丸くした。赤ちゃんがおっぱいに吸い付いているのはいいのだが、どういうわけかすべて黒い色をしていたのだ。まぎれもなく七匹全部が黒だった。
 そのあとパートからもどってきたママも、覗き込んだきり言葉を見失っていた。
「どうして白いネズミから黒いネズミが生まれるの?」
「ママにもよくわからないけど、チューコかチュータロウの親の片方が黒いネズミだったんじゃないかしら?」
「そんなことないよ。親ネズミ見たけど、みんな白だったもん。でも、どうして親の片方が黒だと子どもが黒になったりするの?」
「もう少し大きくなったら学校で習うはずだけど、遺伝ていってね。子どもは親やおばあちゃん、おじいちゃんの髪の色とか肌の色を受け継ぐことになるの。その中間てこともあるし、子どもによって髪や肌の色を別々に受け継ぐってこともあるの」
「ふーん」
 言われてみて近所のおばさんが餌をやっている白と黒のノラネコから、白黒の斑模様をした子ネコが生まれてきたのを思い出した。
「でも、おかしいわね。外に出たりはしなかったわよね?」
「え・・。し、しないわよ。きちんと飼ってたもん」
 冷や汗をかきながら変に気を利かして外に放してやったことを後悔した。
「とにかくこのまま赤ちゃんたちまで飼うわけにはいかないわよ。これじゃその辺のドブネズミといっしょだわ。さっそくもらってくれる人をさがさないとね」
 気落ちしたまゆを横目にママはキッチンにたっていった。
 翌日、朝起きると子ネズミたちの姿は消えていた。
「さっきママの知り合いがきてね。赤ちゃんたちはもっていってもらったわ。あなたを起こしてお別れの挨拶ぐらいしてもらおうと思ったんだけど、まだよく寝てたものだからね」
 呆然と鳥かごに見入っていると、パパが作業着と長靴をはいた格好でスコップを手にしながら庭先から現れた。
「なにやってたの?」
「ああ、ちょっと垣根の手入れをな」
 まゆがその方向に目を向けると、パパはそれをさえぎるように位置を変えた。
「ママ、お腹すいたなあ。食事はまだかな」
 両肩を落とし、憔悴しきっているまゆの頭を撫でながらパパはテーブルにつくよう促してくるのだった。

完