その10

 横瀬家には毎年夏に、どこか適当な観光地に家族ごと一同会する慣習、というほどオーバーなものではないが遊ぶ機会をつくっている。それも二年に一度は仙台七夕を楽しむことになっており、今年はその年で八月はじめに五日間、三家族が仙台に集合した。夜兄たちと三人で酒を飲んだときに、親父が入院している病院から連絡があったことを告げた。
「まだ命に別条はないらしいけどさ。いずれ死ぬときがくると思うんだけど、そのときはどうする?」
「俺は一切関わらないぞ。つまらない電話なんかよこさないでくれよ」
 間髪を入れずに次兄が言った。それをなだめながら長兄が言う。
「まあ待てよ。死んだら誰でも仏様っていうじゃないか。これまでのことは全部水に流して葬式ぐらい出してやろうじゃないか」
 それぞれがおおむね予想どおりの反応だった。
「おまえはどうなんだよ?」
 次兄がいくらか赤みを帯びた顔で、すわった目をして訊いてきた。長兄もじっと見詰めて息を飲んでいる。
「そうだなあ。確かに死んだら仏様だろうけど、あいつの場合死んでも仏にはならないかもしれないなあ。まあ、慌てることでもなし、そのときにじっくり考えてみるさ」
 話し終えると横に置いてあったビール瓶を手に取るのに身体の方向を変え、コップにつぎ足してから一気に飲み干したが、次兄の薄笑いを浮かべた視線は執拗に僕を追ってきた。
「この前テレビのニュースで、JRと私鉄の忘れ物の中に年間数件だけど骨壷があるっていうのを流してたけど知ってるか? それも引き取り手がないのがさ」
 突拍子もない次兄の質問に、僕と長兄は視線を合わせながら首を横に振った。
「ありゃ、忘れたんじゃないよ。捨てていったのさ。例えば子供を小さいときに養子に出してしまった親がいたとするだろう。それでなかったら、蒸発してしまって子供にはそのまま音信不通にしてしまった親とかもいるだろう。そういう奴が死んだとして、遺体を引き取る人がいないとしたら、当然行政機関はその身内を探すだろう。そして見つかったら引き取りにくるように言うわな。兄貴が言うように仏様だから、いやとは言えない。しょうがなくて渋々受け取りにいく。ところが帰りの列車の中で、なんでこんなことを、なんて考えてしまうわな。そりゃそうだよ。とうの昔に関わりをなくしている人間の遺骨を、血がつながっているというだけで突然取りにきてくれって言われても困るさ。で、網棚に置いたままサヨウナラ。あとは鉄道会社かその場所の役所とかが、無縁墓地にでも入れてくれるだろうって寸法さ」
「はあーん」
 僕と長兄はハモってうなづいていた。
「だって考えてみろよ。仮りに忘れたとしてもそんなものは誰も盗むわけがないし、問い合わせをすればすぐにわかることだろう」
 次兄は赤らめた顔から、タバコの煙をおもいっきり吐いた。

黄色い花

*    *    *    *    *    *

『もしもし横瀬さん、聞いてますか?』
「は、はい・・」
 事務長の呼び掛けに、ふと我れに返った。
「どしだ、なんがあっだのが?」
 ようすがおかしいのに気づいたお袋が、襖を開け顔を出してくる。
「なんでもないよ。急な仕事が入っただけさ」
「ハゲのごどじゃねえべな?」
 ドキッとしながらも相手にせず、襖を閉めて小声で言う。
「わかりました。後ほど伺います」
 受話器をおいてから、人ひとりの命がなくなったというのに、僕は笑いが込み上げてくるのを抑えきれなかった。お袋が親父のことを呼ぶのに、ついに“ハゲ”以外の呼び方を一度たりとも聞くことがなかったのだ。
 これでは、まちがってもお袋と親父を同じ墓に入れるわけにはいかない。お袋は兄が民間の分譲墓地をローンで購入しているからいいとして、親父は、風の便りに実家からは勘当同然の身で既に一切の付き合いがないと聞いている。清太郎叔父も七、八年前に亡くなったと聞いた。
 まだ東京にいるとき、テレビのドキュメンタリー番組である有名な詩人が、自分独りだけのどこにでも転がっている漬物石のような石を墓にしているのを見たことがある。それを見たときが失恋した直後だったせいもあってか、それ以来なんとなくそんな形の墓に憧れてしまっていた。
 それで一ヵ月前、兄やお袋には内緒で市が分譲する、山の中なのだが民間に比べれば格安の墓地に応募しておいた。だが意外に希望する人が多く、二倍もの競争率なのだ。その抽選日が一週間後に迫っており、こうなればなんとしても当たる必要がある。あの世で膝を突き合せて親父の言い分をじっくり聞いてみるのもいい。現世でのことを、おもしろおかしく男どおしの話しができるかもしれない。
 窓を開けて外を眺めると、秋晴れの空には赤とんぼが群れをなして舞っていた。折しも、きょうは彼岸の中日だった。向いの家では一家揃って墓参りにいくのか、おばあさんが漉油の木を削り赤や黄色に染めてつくった“削り花”の花束を胸元に抱え、車に乗りこむところだった。

完