2 火を使うキツネ

「あ、キツネさんだ」
 ふと気が付くと目の前に真っ白な毛に覆われたキツネがいた。二人と視線が合うと白ギツネは十メートルほど進んでこちらを振り返り、さらに進んでは振り返る。
「キツネさんが道案内してくれてんのよ」
「そうかもしれない。付いてってみようか」
 それから三十分ほどで小山の壁にぽっかり開いた小さな洞穴にたどり着いた。
「キツネさん、ありがとう」
 つばきの言葉に白ギツネの表情が緩んだように見えた。
「無理にうろうろするとかえって危険だから、雪が完全に止むまでここにいましょう」
 外はすっかり陽が落ち真っ暗になってしまっていた。
「でも食べ物はどうするの。お腹すいたあ」
「少しぐらい我慢しなさい。それにお菓子持ってたでしょう」
「あ、そうだった。キツネさんにもあげよう」
 リュックを背中から下ろし、菓子袋を取り出すと白ギツネは興味がないのか外に出ていってしまった。
「キツネさん、こういうの嫌いなのかな?」
「そういうわけじゃないでしょ。秋のうちに食べ物は蓄えてるから困らないのよ」
 さらに三十分もした頃白ギツネは戻ってきたが、その口には小枝がいっぱいにくわえられていた。
「これで火を起こせってことなのかな?」
「なにからなにまでありがとう。でも、マッチがないのよねえ」
 白ギツネは身を翻すとまた出ていったが、しばらくして再度口に小枝を口にして現れた。その中には使い捨てライターが混じっていた。
「不思議なキツネね。こっちの必要な物が全部わかってるみたい。とにかくありがとう」
 さっそく火を付けて暖をとり始めるとまたもや白ギツネは出ていき、それから三度小枝を集めて持ってきた。
「もういいからキツネさんもここにきて暖まりなよ。外は寒いでしょう」
 つばきの求めるままに、白ギツネは横にくるとつばきの顔を舐め始める。
「うふふ、くすっぐたいょ〜」
 菓子をあげても口にしようとはせず、焚き火をはさんで二人と向き合うようにして身体を横たえた。
「人間の食べる物は口に合わないのかなあ」
「ね、おねえちゃん。あのお酒、お父さんが飲んでるのと同じだね」
 つばきが指さした先には、父がいつも愛飲している銘柄の一升瓶が転がっていた。
「誰かここで飲んでいったことがあるのね」
 それから何時間が経過したろうか。うとうとしていると左足に痛みが走った。
「きゃ! なにするの」
 白ギツネが左足を噛んできたのだ。
「ウッウッー」
 振り払うと一歩あとに下がりはしたものの、唸り声をあげて睨んでくる。
「急にどうした・・・。あ、そうか。つばき、起きなさい。寝ちゃだめよ。夜が明けるまでこのまま起きてるの」
「ど、どうして?」
「寝たら死んでしまうかもしれないの。だから夜通し起きてるのよ。勘違いしてごめんね」
 それを聞いて白ギツネは唸り声をあげるのをやめた。

たき火

「ねえ、雪が止んできたんじゃない?」
 つばきが目をこすりながら外を見て言った。白ギツネも思い出したように振り返る。
「それはいいんだけど、ここがどこかよくわからないのよ。また道に迷っているうちに吹雪いてくると大変だしね」
 と言いながら腰を上げると、白ギツネが前に立ちはだかるようにしてまたもや唸り声をあげてくる。
「わかったわよ。今夜はここにいるわ」
 苦笑のうちに再度腰を下ろす。それを見届けてから白ギツネは洞穴を出ていった。
 もうそれきり戻ってこないのかと思っていたら、しばらくしてまた小枝を口にして姿を見せた。そして焚き火の中から数本火の付いた小枝を取り出すと口にくわえて出ていった。
「火を使う動物なんて聞いたことがないわね」
「近くに巣があって子どもたちがいっぱいいるんじゃないの。同じようにあっためてあげるのよ」
「うふ、かもしれないわね」
 知らず知らずのうちにうとうとしながら、はっと目を覚ますのを何度か繰り返していると遠くから人の声らしきものが聞こえてくる。
「かずえー、つばきー、聞こえるかあ」
「お父さんの声だわ」
 二人とも飛び跳ねるようにして外に出て見ると、懐中電灯の灯りが長く連なっていた。
「うわぁー、あれ見てよ。すごい、どうやって作ったのかしら」
 二十メートルほど離れた斜面に雪を固めて五、六枚の花びらが型どってあった。しかもその中央には小さな焚き火が燃やされ、炎が花びらを赤く染め上げていた。
「とってもきれい。雪の花だね。あたしの花にそっくりだ」
「え、なんだって。おかあさん・・・」
 目をこらし周囲を何度も見渡してみたが、白ギツネの姿はどこにもなかった。

完