4章  再びお邪魔虫

 中学校のときに一度、隣りのクラスの女子生徒にこれと似たようなものを書いたことがあったが、そのときはふられたどころか痛烈に馬鹿にされた内容の返事をもらい、二度とラブレターなど書くものかと思ったものだった。それ以来、自分にはラブレターなど生涯縁のないものと思っていた。
 うっとりしてポワッーとしていると、外から扉をトントンと叩く者があり、良次がノックを返そうと思う間もなく扉が勝手に開いた。つい興奮のあまり、内側の鍵をかけておくのを忘れてしまったのだった。良次は慌てて手紙をズボンのポケットに押し込んだ。
「あっ、すみま・・。あれー、おまえか。こんなところでなにやってんだよ」
 こともあろうに、扉の外に立っていたのは青柳だった。
「ああー、なんだ、おまえか」
 知った顔にしろ知らない顔にしろ、パンツを下ろしているときではないのが不幸中の幸いだった。
「やっぱりな。こないなんて言っときながらきてるからなあ。なにが野暮用だよ」
「い、いや・・。ちょっと予定が変わったもんだからさ。ハハ」
 良次はどぎまぎしながら苦しい言い訳をした。そのとき隣りのトイレから、ブシャッーと水を流す音がすると続けてガタッと扉が開き、別の高校生が二人をにらみつけるようにして出ていった。
「あいつ、手は洗わないのか?」
「一階のトイレでまたやるんじゃないのか。邪魔したかな」
 ほんの束の間、二人の神経はその高校生に奪われたが、青柳が思い出したように良次のほうを向き直って言った。
「だいたいにしてクソしてるわけでもなし、便器に腰かけてなにやってたんだよ。たばこか?」
 青柳は空中に煙りが漂ってないか、キョロキョロ見渡した。
「おまえといっしょにするなよ」
 学校ではたばこを吸うのはトイレの中と決まっており、学校のトイレの中は、吸い殻が落ちていない日はないぐらいだった。
「その右ポケットに隠したもの、見せてみろよ」
 青柳はあざとく、良次が右手を突っ込んだままのポケットを指して言った。
「別になんでもないよ」
「俺は見たんだからな。便箋と封筒だったぞ」
「おまえに見せるようなもんじゃないさ」
 良次はどんなことがあっても青柳に見せるつもりはなかった。住所とか電話番号が知られてしまった日には、勝手に連絡されてしまうような気がしてならなかったからだ。
「まさか、女の子にもらったなんてことはないよな」
 もうこれ以上相手にするのはよそうと思い、二、三歩踏み出してから、別の考えが浮かんだ。青柳は自他共に認める女たらしで、当然いろいろ経験豊富な知識も持っているはずだった。良次には、彼女と具体的にどんな付き合い方をしていけばいいのか、よくわからないし、それならば、男女交際のノウハウを教えてもらうのもいいか、と思った。
「なあ、ちょっと頼まれてほしいことがあるんだがな」
 良次が身体を反転させむずかしい顔つきで言い寄ったものだから、青柳は身を引いてたじろいだ様子を見せた。
「なんだよ。おまえ、ときたまわからないところがあるな。それじゃクソしてからいくから食堂で待ってろよ」

花

 自習室に戻ると、既に彼女とその隣りの席は空になっていた。トイレの前に立っていたとき鞄を持っていたことを思えば、良次に手紙を渡すと二人ともそのまま帰ったものらしかった。良次も机の上をかたずけると食堂へいった。もう、机に這いつくばって流暢に勉強などしているような気分ではなかった。
 食堂では缶コーヒーをすすりながら、ほかの人には見られないようにテーブルの下に手紙を広げ、もう一度読み直してみた。
(うん、まちがいない)
 何度見ても読み飽きることはなかった。俺のどこがいいんだ、そんな二枚目ってわけでもなし・・・。多少でも不細工な女の子ならいざ知らず、あれほどかわいい子から好きになられるのは、あまり自信がなかった。かと思うと、ひょっとしたら自分が考えている以上にずっといい男なのかもしれないな、などと自惚れてもみるのだった。
「おお、ほんとなんだな。例のT学園の子か?」
 いつのまにか青柳がトイレから出てきて、後ろから覗きこんでいた。良次はさっと二枚目の便箋をポケットに隠すと、一枚目だけを青柳に見せた。
「おまえが馬鹿にするほど、俺はもてないわけじゃないぞ」
 良次は得意がって、便箋をひらひらさせながら言った。
「ふん、どうせ初めてだろう。友達になってくださいか、かわいいもんだな。おまえの手には負えないないんじゃないか。なんだったら俺が代わってやろうか?」
 良次はなにも言わず、青柳をにらみつけた。「ハハ、冗談だよ。疲れる奴だなあ。そっちのには住所とか電話番号が書いてあるんだな」
「絶対おまえには見せないぞ。それでさあ、どうしたらいいと思う?」
 すると青柳は、良次の缶コーヒーをぐいっと飲み、椅子にふんぞりかえって偉そうにして言った。
「そうだなあ。俺だったらさっそく今夜にも電話を入れるけどな。おまえだったら最初から電話なんかすると、よけいなことをしゃべって、それで終わりなんてこともあるかもな。初めは手紙で自己紹介でもし合ったらいいんじゃないか」
「そうか、やっぱりおまえもそう思うか」
 良次は自分の考えていたことが、青柳の口からも聞けたのでうれしくなった。
「男と女なんてもんはな、フィーリングさ。合うか合わないかの問題なんだよ。ほんとなら一発やってみるのが一番なんだけどな。おまえじゃそうもいかないだろうから、なんでも気楽に話してみることだな。それでピッタリこなけりゃ縁がなかったってことさ。とにかく初恋だものな、うまくやれよ」
「ああ、なんかすぐだめになりそうな気もするけどな」
 言葉とは裏腹に、良次はうまくいきそうな気がしていた。「それじゃ先に帰るから」
「ま、付き合いが深くなったら妊娠させないように気をつけることだな」
「バカ! おまえといっしょにするな」
「ふん、本気で好きになったらそこまでしたくなるものさ。そのうちコンドームの使い方を教えてやるよ」
 良次は青柳の言葉を聞きながら、そんなもんかなあ、と思った。