4 不可解なセックス

 約束の日曜日、舞と両親の三人は今井がまだ寝入っているところを朝早くからがたごとやっていたが、二時間ほど前、
「じゃあ、いってくるわね。食事の用意は下にしてあるから」
 と舞が言ってきた。
「めいっぱいブリっ子してくるんだぞ」
 布団から顔だけ出して景気づけておいたが、笑みを浮かべることもなく出ていった。
 食事はそそくさと済ませ、カメラや三脚の用意は万端整えて部屋を出かかったところで大事なものを忘れたことに気づいた。エイズ検査の証明書である。何度受けてもいやなものだった。
 血液を採取した日から結果が出る日までの長いことといったらなく、一週間が一ヵ月にも一年にも感じられた。そのあいだは仕事はもちろんのこと遊びすらも満足に手がつかず、ただ不安な一日を消化していくしかなかった。それが今回は血液採取してから数時間で判明したのでずっと短くて済んだが、結果を聞くとき心臓の鼓動が増幅されて全身に響きわたったのは同じだった。
 タクシーをひろい、待ち合わせ場所には十五分ほどで着いた。銀行正面の閉じたシャッターの前に赤いコートを着た女の子が見えた。
「すみませんがちょっと待っててください」
 目の前に止まったタクシーを見てすぐにわかったらしく、目線が合うと軽く会釈をしてきた。
「綾子ちゃんだよね。待ったかい」
「いいえ、いまきたばかりです。綾子でいいです」
「どうだろう、あまりおじさん過ぎてがっかりしたんじゃないかな」
「ふふ、ちょっと太めなところを除いてはだいたい思っていたとおりの人です。私の方はどうですか?」
「ううむ、予想以上にかわいいよ。高校生ぐらいにしか見えないなあ」
「だいたい二つ三つは若く見られます。でも、お世辞でもうれしいです」
 お世辞ではなく安室奈美恵風の細身で、かといって出るべきところはしっかり段々になっている。なにより気にいったのはロングストレートの髪が、いまどきの若い子にありがちな茶髪にしていないところだった。
 タクシーに乗ると、少々言いよどみながら運転手に告げる。
「この先286号線に出て下っていくと、左側にお城の形をしたラブホテルがありますよね。あそこまでやってくれませんか」
 運転手は無言のうちにルームミラーから目元をニヤつかせ、右ウィンカーを上げて車を出した。
「そうそう。これ、約束したやつだよ」
「わざわざすみません。結果を聞くときかなり緊張したでしょう」
「まあ、ちょっとはね」
「あの瞬間って、ほんといやですよねえ」
 書類を眺め渡しながらしみじみ言うのだった。
 そうこうしているうち五分とかからずにラブホテルに着き、車は玄関の前に止まった。
「ここは前にもきてるんですか」
「何度かね。初めてかい?」
「ええ、街中のホテルしかいったことないから」
 エレベーターから降りると部屋が並んでいる方は反対の、廊下からは死角になっている非常階段がある扉の前に立った。
「ここで何枚か撮ろうか。こういう場所はけっこうスリルがあっておもしろいんだよ」
 一眼レフを取り出すとまずはポートレート風のを、正面から横から、そして少し斜め後ろと数枚撮る。「よおしと、今度はしゃがんでくれるかな」
「ええ、だって見えちゃうもん」
 綾子はややめくり上がっているミニスカートの裾を仕切りに延ばそうとする。
「それがいいんじゃないか。手をとって」
 かまわずシャッターを押し続けていく。「はい、正面を向いておもっいきり足を開いてえ」
 と言うのとは逆に、綾子は足を閉じて背を丸め、亀のようになってしまった。
「こんなのはいやあ」
「そ、そうか」
 今井は後ろから包むように抱き、背中をさすってやった。
「どうしてもこういう写真も撮りたいんですか」
「いや、一度約束したことだし、どうしてもってわけじゃないけど、できれば撮らせてほしいなあ」
 綾子は少し考え込んだあと頷くと、
「でも、そういう写真をとるのは先にやることやってからにして。そうじゃないとなんか恥ずかしくて」
「なるほど、そういうものかもな。じゃ部屋にいこう」
 エイズ検査をやってまでここまできたことだ。それをなにも撮らないうちから逃げられたとあっては、その苦労が水の泡となってしまう。今井は内心胸をなで下ろした。
「うわぁー、なあにこれ? 丸いベッドなんて初めて」
 綾子はぐずったのとは別人ではと思えるほどに、部屋の真ん中にどっかり据えられた円形ベッドに飛び乗り、トランポリンに乗ったかのように何度も飛び跳ねてはしゃいだ。
「回転ベッドさ」
「これがそうなの。目まで回ってしまいそう」
「どおれ、ビールでも飲んでひと休みしてからにするか」
「私はお酒は全然だめなの、ジュースにして。今野さんも昼間からお酒を飲むようだと、将来アル中になってしまうわよ。ジュースにしといたら」
「テレクラ遊びをやってるにしては品行方正なことを言うんだな」
 そればかりではない。今井がタバコを吸おうとしたときだ。
「やめた方がいいわ。肺ガンのもとよ。どうしてもって言うんだったら私に影響がないように廊下に出て吸って」
「綾子がいいとこのお嬢さんに見えてきたよ」
 そのあいだにも今井は綾子にレンズを向け、何度かシャッターを切った。
「さあ、そろそろ一戦交えるとするか」
 綾子ははにかみながらセーターの裾をたくし始める。「いいよ、そのままで。こっちにおいで」
 綾子をベッドに横たえてキスし、濃厚にくり返し何度も唇を重ねた。セーターを胸までめくり上げたとき、綾子は両手を上げて目をつぶる。スカートも横のファスナーを下ろし、はぎ取るときには腰と足を交互に浮かせてきたので容易に済ませることができた。
 ブラジャーはあとにすることにして、先にパンティを脱がせる。このときも綾子は心得たもので軽く尻を上げてきた。茂みの周りを軽く舌を這わせあと、また唇を合わせ、右手の指先を茂みの奥深くに入れようとしたときだ。
「やめて、それ嫌いなの。オトコそのもの以外は好きじゃないのよ」
「へえ、変わってるなあ」
「コンドームはきちんと付けてね」
「わかってるって。ほらよ」
 と、ポケットから取り出す。
「付けてあげる」
 綾子は身体を起こすと今井の上になり、ズボンとパンツを手際よく下ろした。すっかり元気になってしまっているペニスをためらうこともなく口の中に頬張った。舌の使い方もプロのそれ顔負けで、男の喜ばせ方をよく心得ていた。

コンドーム

 コンドームの付け方もこなれたものだった。下手な子だと表面の皮が剥けてしまうのではないかと思うぐらいに握り方に力を入れてしまうものだが、滑らかに根本まで被せた。
「綾子はフーゾクもやってたことあるのかい?」
「高校を出てからずっーとOLよ。まあ、経験は世間並みに積んでると思うけど。さ、今度はもう一度私にやって」
 注文どおり正常位にもどって綾子に負けじと舌を唇から首、乳房、ヘソと這わせていき、足を開いて茂みから深みに入っていこうというときだ。
「やめて。そこはペニス以外はいやなのよ」
「はあ? これもだめか」
 今井はやむなく身体をもとにもどすと、本来の生殖行為の体位になり挿入した。それから体位を横に変え、また元にもどってがんばること約三十分、ついに果てた。
 仰向けになった今井のペニスから綾子は素早くコンドームを外すと、それとともにハンドバッグを小脇に抱え、素っ裸のままトイレに駆け込んでいった。
 トイレから出てきたのは三十分もたってからだ。
「どうしてトイレに持ち込む必要があるんだ。そこのゴミ箱に捨てたらいいだろうに」
「生ものでしょう。トイレの汚物入れに捨てたのよ」
 視線を逸らしながらそう答えた。
 それで羞恥心を捨て去ることができたのか、写真を撮るときの綾子は始めの綾子とはうって変わって今井の注文通り、大胆なポーズをいくらでもとってくれた。むしろ、シャッター音に酔っている節さえあった。
 第二ラウンドのセックスでも絶対にクンリニングスはもちろん、指を入れることさえも拒んだ。そして最後には口の中に放射したが精液を口に含んだまま、またもやハンドバッグを片手にトイレに入っていくのだった。
 綾子が浴室にシャワーを浴びにいったとき、ハンドバッグを開けてみた。そこから出てきたのは、なんと細身の注射器だった。もしやと思い、さらにバッグの中をチェックしてみたが、覚醒剤らしきものは入ってなかった。よくよく調べてみると、注射器はあっても針はなかった。
「なにしてるの。人のものを勝手に見ないでよ!」
 シャワーから上がってきた綾子は本気で怒った。
「SMの趣味があるのかい?」
「えっ!?」
 一瞬きょとんとしたあと、愛好を崩す。「うん、まあね。ちょっとぐらいだったらやってあげてもいいわよ。私は女王様の方だから」
 それにしてはロープやロウソクはなかった。
「痛いのは勘弁してほしいなあ、ハハ」
「遠慮しなくたっていいのに」
 と言いながら、注射器をかざして見せるのだった。
「どうだい、これからも時間がとれるようだったら会わないか」
「あまり特定の人と長く付き合うのは好きじゃないんだけど、二、三度ぐらいだったらいいわよ」
 その日は翌週の月曜に会うことを約束して別れた。