2 奇妙な贈り物

 白鳥は二日目になっても水以外口にすることはなかったが、三日目になってようやくプラスチック製のボールに沼から柔らかめの水草をとって与えてやると、うまそうにつつき始めた。
「やっぱり水鳥なんだなあ」
 ほかにもパン屋からもらってきたパンくずをボールの水に浮かべると、次から次に頬張っていった。
 四日、五日と経ち、傷口がふさがって歩き方も自然な姿になり、それまでは羽根をばたつかせるようなことは一切なかったが鈍った体を回復させるためなのか、家の前で一、二メーターだけ宙に浮く程度の羽ばたきをするようになった。
 七日目の朝のことだ。
「あ、いけね。もう明るくなってやがら」
 いつもは真っ暗なうちに起き出しているが、外は既に白み始めていた。
「あれえ、あいつどこにいったんだ?」
 下手をすると白い羽根が男の顔を覆っていたりで、おせじにも寝相がいいとはいえない白鳥の姿が見あたらなかった。スズメたちのにぎやかなさえずりに混じって、沼の方からときおり水面を叩く音が聞こえる。まだ薄明るい中、目を凝らして見ると白鳥が泳いでいた。

白鳥

「やっと治ったみたいだな」
 そそくさと出かける用意をしていると、木々のあいだをぬって白鳥が舞い降りてきた。
「おい、無茶するなよ、また枝に引っかかって怪我するぞ」
「ガァ〜ウ」
「ほんとにわかってんのか。じゃ、俺は仕事にいくからな」
 ところが白鳥は男のズボンの裾をくわえ込み、いこうとするのを邪魔した。
「なんだあ、座れってのか。仕事に遅れちまうよ」
 男は渋々切り株に腰をおろした。すると白鳥は身を寄せて首を伸ばし、男の顔に頬づりしてくる。
「そうか。これから北に旅立つんだな」
「クゥ〜」
「なあに、来年になったらまた逢えるさ。気をつけていくんだぞ」
「カァゥ〜」
 今度は後ろ向きになり、目をつぶってきばり始めた。
「おいおい、別れの挨拶にウンコひっかけていこうってのか」
 小刻みに震わせていた体を一段強く尻を振ったかと思うと、丸い玉がこぼれ落ちてきた。
「なんだ、これは。キンタマかあ? いや、おめえはメスなんだからそんなこたあねえよな。こりゃあ、金色した卵だな。子どもは白鳥じゃなくて金鳥ってわけか。おめえ、蚊取り線香をつくってる会社の回し者じゃねえだろうな。あっはっはっ」
 さらに白鳥は二つ、三つと卵を産んだ。
「いったいどうなってんだ。帰るのはやめてこれから子育てしよってのか?」
 男の言うことには耳を貸さず、卵を嘴で男の方に転がしてくる。
「あん? 俺にくれるっていうのか。ふーん、白鳥の恩返しってわけか。あれえ、重いな。まさか、ほんとの金てことはねえよな」
 とたんに白鳥は男の脇腹を突つき始める。
「わかったわかった。金だよ、金。信用するよ。そういえば俺も昔、就職するときには金の卵だなんて言われてちやほやされたっけなあ。それに引っかけたのか。おもしれえ白鳥だなあ、うははは」
 白鳥はじっーと男の目を見つめている。
「遠慮なくもらっておくぞ。それじゃ仕事にいくから元気でな。来年の・・。いや、今年の冬だな。それまでしばしの別れってやつだ。じゃーな」
 バッグに卵を入れ坂道を登り始めたが今度は邪魔してくることはなく、身じろぎひとつせず見ている。金網を乗り越え、見えなくなるまでじっと男を見守っていた。